明日から始めよう

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【考察】思い通りにいかないのは誰かにコントロールされているとき

「世の中思い通りにはならないよね」

こんな言葉を世間で良く聞く。

 

まぁ例によって僕は信じていないw

これは端的に言うと

「世の中思い通りにはならない」世界を自ら選んで生きているから、が結論なんだけど

 

何故「世の中思い通りにならないよね」を信じることが出来るのか考えてみましょう。

 

例えば僕の直近の例を挙げましょうか。

僕は新人歓迎会に参加しました。

そして二次会に参加して朝まで主に人狼をしていました。

 

Q.僕は思い通りの新人歓迎会、二次会になったと感じているでしょうか。

上記問いに関する答えはこれ。

A.僕は思い通りの新人歓迎会、二次会になったとは感じていない。

楽しかったけど、もうちょっと人と話をしたかった。

 

おやおや、矛盾が生じてることに気付いたでしょうか?

例えば上記「思い通りにいかない教の人」が上の話を聞いたら間違いなく「まぁ世の中そんな思い通りにはならないよ」と口にすることでしょう。

 

そう言われたら僕はこう反論すると思います。

「いや、あの歓迎会と二次会は主催の人間がいたので思い通りに行かないのは当然です」と。

そして僕は「思い通りにいかせようと思うなら自分で主催をしないとダメですね」と結論付ける。

 

この論説の重要な点は「始めから思い通りにいかない」ことがほぼ決定されていた事象だったことです。

そもそも「誰かが考えた出来事」が「自分の思い通りにいくはずがない」訳です。

それは「誰か=自分」という極めて珍しいケースを想定してしまった、所謂ミスです。

 

さて、まぁタイトルの通りなんですけど

「思い通りにいかないのは誰かにコントロールされているとき」です。

 

コントロールが適切じゃないなら、誰かに主軸を移している時ということですかね。

だから「自分以外の誰かに何かをやってもらうこと」これが思い通りにいかないのはある種当然なことが分かるでしょうか。

 

「誰かにコントロールを移した時点でその物事は自分の思い通りから外れている」

つまり自ら「思い通りにいかない状況を作り出している」ともいえますよね。

 

じゃあどうすりゃええねんって話。

簡単な話「全部主軸を自分に変えてしまえばいい」

「全ての主軸を自分に変えてしまえば、思い通りにいかないのは自分のせい」なんですよ。

「誰かに裏切られるのも、誰かに殺されるのも、全部自分のせいです」

 

ここまで来れば「何故思い通りにいかない教」が信じられているか分かるでしょう。

自分を守る為です。

「全部の出来事が思いどおりに行かないのは自分のせいだけじゃない」

 

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

でも「僕は信じてません」