明日から始めよう

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【時節】本当に好きなことを見つけている人生とは

仕事先でこれを見た時に、僕は「すぐに感想を書かなければ」と思った。

www.megamouth.info

以前これを見た時も、衝撃を覚えたのに、僕は書かなかった。

文章が纏まる気がしなかったから。

今がその時な気がした。

 

反なろう小説と、万能性の核 - megamouthの葬列

 

私は今、本当に好きなことをやっているし、やってきた気がしている。
プログラミングで生計をたてているし、色々な経歴の人と話してきたし、反吐を吐くほど音楽をやった。そして今、こうして文章を書いている。

もし、私が進路調査票を書こうとしている若い自分に会ったら、こう言うだろう。
「本当に好きなことをやれる人生を考えろ」と。

だが、それも無理なことだろうな、という思いもある。18かそこそこの若者に「本当に好きなこと」を問うても、そんなものは「ない」に決まっているからだ。

自分が、それを本当に好きなのかどうか、それは好きなことをやってやってやりきった、探求の末にわかるものだからだ。

>18かそこそこの若者に「本当に好きなこと」を問うても、そんなものは「ない」に決まっているからだ。

 

「それはどうかな」と僕は言いたい。

僕は子供の頃から「本当に好きなこと」しかしてこなかった。

当然と言えば当然だけど、「本当に好きなこと」だけしてる人間に、いや、役に立たない「本当に好きなこと」をしてる人間に世間は冷たかった。

 

苦しさの中で、「本当に好きなこと」をやり続けた僕は、

いや、「本当に好きなこと」を決して辞めなかった僕は、「万能性の核」を手に入れた。

 

曰く、ひきこもりやニートが社会に参画しないのは、彼らの中の「核」として「万能性」というものがあるからだ。

という主張です。この万能性というのは言わば何もしていないことによって守られている可能性の塊です。
簡単に言えば、まだ何もしていない人間は挫折も同時にしませんから、いつかは小説家になれるし、医者になることだってできるし、サッカー選手にだってなることが理論上は可能なわけです。

実際、馬鹿げたと考え方だと私も思いますし、当人も、まさか今から東大理Ⅲに入って医者になれるとは本気で信じていないでしょうが、可能性を留保することで、「医者になれなかった人」には決してならないわけです。

だから彼らはある意味で「万能」ですし、自ら就職したりして、自らその万能性を捨てるような不合理な真似はしないわけです。

 

「やれば出来る」んじゃない「出来るまでやる」それこそが僕にとっての「万能性の核」だ。

 

「はぁ?やれば出来ますけど?」と自分が本気で信じ込めるからこそ「万能性の核」となる。

辛い経験や挫折は今の僕にとって冷たさを含む心地よい逆風でしかないのだが、それも滅多に吹かないことが分かってしまう。

挫折や辛い経験は折り重なった主観でしかない。

 

度重なる主観を通して、人は「万能性の核」を自ら放棄する。

「何にでもなれるはずの自分」を諦める。

だって、その方が楽だもんね。

 

そしてその主観を他人に押し付ける。

「早く大人になれよ」「いつまで夢見てるの?」

 

とても面白い、負の構造。

僕は笑って否定する。

だって、その方が楽しいもんね。

 

幸福と不幸の狭間に揺れている全ての人達は一度、人生の定義をしなおすべきだ、と僕は思う。

「本当にあなたの考えはあっていますか?」

 

今が不幸なら、明日から幸せな人生を歩むべきだ。

過去が不幸なら、明日から幸せな人生を歩むべきだ。

 

ポイントは「自分は幸せだ」と決めることだ。

決定することだ、条件を決めないことだ。

そうすれば何があっても「幸せ」になれる。

 

さぁ「明日から始めよう」

あなたの好きなことを「見つける」のではなく、

「好きだ」と自覚する人生を。