明日から始めよう

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【ゲーム】誰が為のFFXV

発売日の仕事帰りにPS4とFFXVを買いました。

で、帰って2時間ぐらいやったんですけど、

FFXV面白い、こういうゲームだったんだって素直に思いました。

 

じゃあ土日はFFXV三昧だろう?となるはずが、

誰が為のアルケミストやってました!

 

タガタメ面白いね・・・

リリース日から一応毎日ログインするようにしていて

ハマる時もあれば、イベント付いていけないよって離れる時もありましたが

金曜日から再開して、塔イベの総力戦が楽しい。

 

僕がソシャゲ好きなのは「同じ状況が存在しにくいから」です。

分かりやすく言えば「定石」があるにはあるけど、「運」が介在して皆が「定石」を打てる状況でない環境が常に続いていくから。

 

だから人と話すと面白いんですよ。

 

自「塔イベどこまでいきました、自分水が弱くて詰んでます」

人「俺万篇無く育てて無かったから全然ダメ、急いで育ててるけど金足んないの何の」

自「あ~土日にひたすら脳死しないといけない奴ですねぇ」

人「そう、APはあるからどれだけ時間かけられるか・・・課金チケットでザイン取ろうと思ってるけど、育てられないっていう」

 

自「ザインってこの前、単発で出たけど強いんですか(無知)」

人「ザインめっちゃ強いよ、チャージなしで範囲広くて無双出来る」

自「マジすか、イケメンか(無関心)としか思ってませんでした!」

人「絶対育てた方がいいよ」

 

自「タガタメ引きはいいんですけど、やる時間がないんですよねぇ」

人「常にイベント来てるから、集中してやらないといけないよね」

自「本格的すぎてちょろっとやるのが難しい・・・」

人「そうそう、時間掛けずにやるなら課金するしかない!」

自「秘密の店で大人買いですかぁ」

人「金で解決させてやるから、ほら買えよっていう開発の強い意志な」

自「確かに、ずらっと並んだ課金商品の数凄い・・・」

 

・・・ただタガタメのことを書くつもりだったけど、気が変わった!

思いついたことをつらつら書き連ねよう、いつものように。

 

コンシューマーだと攻略サイトを見て効率の良いやり方を取れるけど

ソシャゲは基本的に「自分の持っているカード」で戦略を立てるしかない。

「持っているカード」が弱ければ「課金」をして揃えるか、コンティニュー前提でやるか、イベント自体を諦めるか。

攻略サイトを見ても乗っていない、自分なりの攻略法を見出さないといけない。

 

ソシャゲを軽んじているコンシューマー派の人は「結局、課金をした人が強いんでしょう?腕とかじゃなくて物を言うのは課金額、だから嫌い」とかそんな風に思っている人がそれなりにいるだろう。

 

僕は逆の意見。

「腕に左右されるゲーム」が僕は嫌いだ。

だから「格ゲー」「シューティングゲー」はやらない。

もっと言うと「アクション」も好きじゃない。

 

僕が「RPG」を好きなのは「平等」だからだ。

出来る範囲が決まっていて、その枠組みの中でどうするか考えられる時間が設けられているから好きだ。

「自分RPG上手いですよ」って人に言っても鼻で笑われるのが大半だと思うから、自分で言うことはないけれど。

RPGが下手な人」は存在する。

そういう人は「この状況で何が最善なのか」を思考できない人だ。

無論「最善を尽くさないのを好む人もいる」がそれは例外として。

 

話を戻す。「平等」な条件で「何を選択するか」が委ねられているから好きなのだ。

 

ここで疑問に思う人がいるかもしれない、「待て、じゃあ何でお前はソシャゲが好きなんだ」と。

「ソシャゲは平等じゃないだろうが」と。

 

僕のソシャゲが好きな理由は「不平等」だからだ。

「運」によってカードが配られ、その手持ちのカードで勝負するゲームだから、ソシャゲが好きなのだ。

何故「ソーシャルゲーム」と呼ばれているのか。

自分は本来の意味を知らないし、興味も余りない。

 

けど言える事は一つだけある、「ソーシャル」と同じ環境だから、僕が好きだということ。

「現実」とリンクした「仮想」の舞台にどれだけ「投資」出来るのか。

「投資」せずに「運」によって得たカードで勝負するのもいいだろう。

「投資」して良いカードを引き寄せ、勝負するのもいいだろう。

 

コンシューマーゲームには定石がある。

明確なクリアが存在し、過程は多少変化しても行き着く先は大体同じだ。

 

ソーシャルゲームにも定石はある。

お金を払い続ければ誰にでも定石が作れる。

それはある種「平等」であるとも言えるだろう。