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明日から始めよう

管理人ユウが思ったこと、感じたこと、考えたこと                                    Twitter:I_am_You4321 https://twitter.com/I_am_You4321

思ったことをそのまま書こう

休日出社で作業カツカツの上、残業からこんにちは。

はぁ~疲れた。

明日は月曜日、しかも今週は業務後の社内テスト、社内面談、年末調整書類提出・・・

 

正直どこから手を付ければいいの・・・な状況。

まぁいいさ、どちらにせよテスト勉強なんてやる気ないし、面談はこっちが構えることじゃない、年末調整書類・・・は放っておけないか。

 

流石に今日は疲れた、明日からやろう。

そして疲れた中でも小さな、ほんの些細な収穫はあった。

 

薄々気づいていたことだけど、どうやら自分が他人を気にするのは度を越しているようだ。

というか、人は他人にそれほどの興味を抱いていない。

良い所も悪い所も指して気にしてない、有体に言えばどうだっていいんだろう。

 

今日初めて、話したことのなかった先輩の話をじっくり聞いて見て、陽気で適当を自称している人がドライな一面・・・いや実に合理的に物事を見ていることが良く分かった。

本人曰く対する人によって変わるということだが・・・

それすらもほんの一面でしかないんだろうということを痛感した。

 

「誰かのためではなく、自分のために生きる」

この当たり前のことが自分には出来ない。

「自分のために生きることは、誰かのために生きること」

誰かの役に立ちたい、と願う自分の心、ワガママ、エゴ。

 

自己犠牲は自己満足、誰かがそう言っているのを昨日見た気がする。

今日の自分は自己犠牲だっただろうか、自己満足だっただろうか。

先輩に「ありがとうございます。助かりました」と言われて満足しただろうか。

自分が憧れる、何でもこなせる大先輩が「○○さんは一度教えたことをちゃんとやってくれてる、安心して任せられる」と裏で褒めてましたよ、と今日聞いて、素直に喜べただろうか。

 

何故喜べないんだろうか、嬉しいはずなのに嬉しい気持ちが湧いてこない。

やはり、そうではないのだ。

誰かに褒めて貰いたくて、認めて貰いたくて何かをやっている訳じゃない。

ただそれをやりたかっただけなんだろう。

 

誰かが困っていれば手を差し伸べたい、だから感謝されなくてもいい。

むしろ感謝されれば、好きでやっていることなのだから感謝される謂れはないと思ってしまう。

 

「やれやれ、人間は面倒臭いね」

僕の好きなゲームの好きな人のなんてことのない言葉。

その言葉は自分に向けられていた。