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明日から始めよう

管理人ユウが思ったこと、感じたこと、考えたこと                                    Twitter:I_am_You4321 https://twitter.com/I_am_You4321

無神論者の多い日本でなぜ初詣の文化がまかり通るのか、を考える。

無神論者の多い日本で何故初詣という文化がまかり通るのか、
何故神社が寺が教会が存続出来るのかを考えた。

なぜ祈るのか。それは具体的な行動が今出来ないから。
「志望校に合格できますように。」
今この瞬間。志望校に合格をすることは不可能、だから祈る。
それは神に対してではなく未来の自分に対する祈りと言える。

「家族が健康になりますように。」
自分は医者ではない、病気を治すことは出来ない。だから祈る。
続く未来で自分ではない誰かが家族を治してくれることを信じて。

「祈る対象は神ではなく、自分であったり、未来の誰かだったりする。」

そう結論付けた時に、自分は何故祈らないのかの本質を悟った。
未来の自分に対する祈りがないからだ、誰かがどうにかなって欲しいと思わないからだ。
あるがままに。全て自然に。良い事も悪い事も受け入れてその瞬間を生きようと思うから。
だから祈らない、瞬間を楽しみ、瞬間を無為に過ごすことを恐れる。

誰かが亡くなることは悲しい、誰かが幸せになることは嬉しい。
では誰かが亡くなれば不幸なのか、誰かが幸せになれば幸せなのか。
違う。誰かが亡くなっても幸せになることが出来る、誰かが幸せになることを喜べないことを認めることが出来る。

そうなって欲しい、という希望の裏返しが必ずしも不幸とは限らないが
もし、自分が祈るならば「志望校に合格出来なくても幸せになれますように。」だろうか。
あるいは「家族の病気が治らなくても強く生きていけますように。」
それは後ろ向きの希望に見えるかもしれない、しかしそれは希望の裏返しもまた希望であって欲しいという切実な祈りだ。