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明日から始めよう

管理人ユウが思ったこと、感じたこと、考えたこと                                    Twitter:I_am_You4321 https://twitter.com/I_am_You4321

【FFXI】15年前の未熟な僕に捧げる言葉

15年前の昨日、つまり5月16日。

後の僕の運命を変えるゲームであるFFXIが発売された。

 

発売前から心を掴んで離さなかった。

そのことは疎遠になっていた今の親友との仲を繋ぐ切っ掛けにもなっていた。

 

僕は発売日にFFXIを始めることは出来なかった。

15年前の僕に立ち塞がった「インターネット環境」

今では当然にあるものは当時は一般的とは言いがたく、高いハードルになっていた。

 

親友が先に始めた。

羨んで見つめる僕。

 

今思えば、初めてかもしれない。

あれほど僕が物事に執着していたのは。

 

遅れて僕はFFXIを始めた。

今なら分かるんだけど、

その時僕の「窓」は大きく開かれた。

あるいはそれを「箱」と言い換えてもいい。

 

「家」「学校」といった小さな箱から自分は飛び出していた。

「ネット」の海に漕ぎ出した僕は幸せだった。

 

そこには「差別」が無かった。

「区別」も無かった。

プレイヤーが何者で、何歳で、性別が何であるかは問わない。

昔の僕にはそこは「自由な世界」の象徴だった。

 

未熟な僕は「自由な世界」を謳歌した。

そして気付いたのだ。

 

「自由な世界」が「現実」であることを。

僕は孤独感を覚えた。

 

ここなら自由になれる、そう信じて止まなかった僕の幻想は打ち砕かれたのだ。

それでも僕は執着した。

手放した瞬間に全てがバラバラになって、意味の無い物に、ガラクタになってしまうことを恐れて。

 

僕は大学生になった。

僕は一人暮らしを始めた。

 

まだ僕はFFXIをやっていた。

朝から夜に、そして朝までやっていた。

 

ある時に気付く「ネットゲーム」もまた小さな箱に過ぎなかったのだと。

僕はFFXIに別れを告げた。

 

そして今15年前の昨日を振り返って思うことがある。

 

間違いなく、僕はFFXIに人生を変えられた。

そのことは僕にとって負い目であり、暗い影だった。

そのことは僕にとって自信であり、欠かせないピースだった。

 

15年前の未熟な僕に捧げる言葉がある。

「君は何も間違っていない」

 

【時節】黄金の別離

バンジージャンプをするにあたって、親友とお互いの心の内を話した。

 

「死ぬことは怖くない」

僕は親友に告げた。

結果が分かっている出来事を僕はもう恐れない。

 

「誰かが傷付くのが怖い、誰かを傷付けるのが怖い」

僕は続ける。

「自分は本当は一人が好きなのか、人が好きなのか、分からない」

 

親友はこう返す。

「多分どっちもだよ」

 

一人が好きだから孤独を選んで、人が好きだから傷付けたくない。

 

それは親友が人嫌いなのに、人との交流を絶たないことと似ている。

絶てば見捨てられるから常に繋いでおかないと、不安なのだ。

 

親友は昔から親切で、明るくて、器用で、経済的にも恵まれていて、今は綺麗な奥さんと子供もいる。

凡そ「幸せ」と呼べる物を全て持っている。

それでも、不安に苛まれていた過去、臆病な自分を持っている。

 

僕はどうだろう?

昔から僕はどうだったのだろう。

もう考えても仕方の無い、過ぎ去ってしまった時間。

 

「死ぬことは怖くない」

もう一度口にする。

 

恐怖は、自分が作り出した幻想。

だから飛ぶのは怖くなかった。

全て幻想だと分かっていたから。

 

それでも死を身近に感じる恐怖はあった。

それが何よりの収穫だった。

 

誘ってくれてありがとう。

心の底から、感謝している。

 

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【雑記】完璧を演じること

金曜に同僚を飲みに誘った。

 

良く「人は完璧じゃない」だとかいう話を聞く。

僕は会社に入ってすぐは問題児だったけど。

少しずつ「社会」というものを学んでいったら。

 

どの上司にも「完璧です」「何も言うことはない」と言われるようになった。

 

おかしいな、完璧な人間なんていないはずなのに。

完璧な人間がいないのなら、「完璧」だと言われている自分は存在していない。

 

「完璧な自分」が虚構に過ぎないことを自分は知っている。

 

今尚心を掴んで離さない人にこう言われた。

「人は万能じゃないですよ」

 

完璧な人間も万能な人間も存在しないなら。

完璧、万能な人間は人ではない。

 

昨日も、言われた。

「○○さんは僕からは完璧に見えます」

僕の返答は。

「完璧を演じているからね」

続けて

「完璧じゃないから、完璧を演じるしかないだけ」と。

 

同僚はこう返した。

「演じようと思って演じれる物じゃないですよ」

 

もし、自分が今中学生だったら。

「きっと自分は特別な存在なんだ」と調子に乗って。

手痛い目にあって、経験を積んで、年齢を重ねていけるのに。

 

もう、自分は29だ。

老いてはいない、まだ若いとも言える。

 

それでも今更、「自分は特別だ」と胸を張るのは難しい。

 

慢心と自信の違いは何だろう。

今でも答えを探し続けている。

 

【仕事】ちょっとは楽しくなってきたみたいだ

「何かを変えるには、自分が動くしかない」

かつての自分はそんな思いを持って、一歩踏み出す覚悟をした。

 

踏み出すと、確かに世界は変わった。

それが自分の行動と無関係であっても。

 

閉鎖的で退屈だった会社を変えたいと願った自分の心。

変わっていく会社の舵を取れない悔しさ。

周りが楽しそうにしていることに混ざれないもどかしさ。

肥大していく自意識と、人間らしく生きることの難しさ。

人を信頼し、愛することの厳しさ。

 

世界の在り方を決めるのが自分の心ならば。

自分の心が変われば世界も、会社も変わることが必然だった。

 

退屈だと思っていた世界が色付いて徐々に輪郭を帯びつつある。

僕はそれを見届けてもいいし、色を塗ることに自ら参加してもいい。

 

「ちょっとは楽しくなってきたみたいだ」

誰かが嬉しそうな声でそう言った。

【時節】走り続けるには燃料が必要だ

自分は余り悩まない。

正確には、悩むことを苦しみだとは思っていない。

 

悩むこと、持っていないこと、渇望すること、嘱望しないこと。

全てのマイナスの要素は振り返れば取るに足らないことだったりする。

恐らく「大人になる」ということは経験から学ぶことが出来る状態なんだろう。

 

重要なのは「今、何がしたいのか」

愚痴を言いたいのか、世の中は糞だと吐き捨てたいのか、環境を嘆くのか。

どれも一つの選択肢になり得る。

もちろん、ブログにポエムを綴ることだってそうだ。

孤独であることに浸ることも、誰かの人生においては必要だったりする。

 

それでも、束の間の感情に身を浸していても、いずれそこから出なくてはならない。

出るスパンを短くする向上心は持った方がいい。

 

しかし、燃料なしでは人は走れない。

燃料をどこで調達するのか、それは人によって違うだろう。

 

ここは敢えて、何かの、誰かの言葉を借りてみよう。

 

「人は独りでは生きられないからね」

そう言った人はこうも続けた。

「他人に興味がない」と「持っているのは知識欲だけ」だと。

 

言葉を受け取った時、自分の中に勇気が湧き出たことを覚えている。

何故、勇気が出たのかを説明することは難しいけれど。

その人は「過去の自分」が語った言葉を口にしていて、その人の中に自分自身を見ていた。

 

紛れもなく、その人の言葉は僕の走り続ける「燃料」となっている。

 

【雑記】「君の名は」を見る

泣きたい気分になったので「君の名」を見た。

でも、泣けなかった。

 

「君の名は」は面白い映画だったけど、普通の作品に感じた。

恐らくその「普通さ」が幅広い層に受けたのだろう。

 

秒速5cmメートル、言の葉の庭には「力」があった。

二度と戻らない時間の儚さ、心を惹き付ける哀切。

「君の名は」には無い「力」

 

僕が求めているのはそんな「力」だった。

世間一般の人が求めている「希望」とは違う。

それを求めている者に響く、そんな音楽の物語。

【雑記】孤独の話

孤独を感じている。

 

少し前まで夢想してやまなかった現実を手に入れた瞬間に

空想で彩られていた世界が現実味を持ち始めて、

それ故に、現実にも空想の期待を持ってしまう自分がいる。

 

現実に馴染むべく、心理学の本を読んだ。

「世界は自分の投影によって成り立っている」

「身の回りの全ては自分が望むべくして起こった結果の現象である」

そんな意味のようなことが書いてあった。

 

もし、そうであるなら、妄想だと思っていた空想は限りなく現実だ。

夢見た世界を現実に描き出すのは、誰もが持っているコモンセンスで

特別でもなく、普通のことらしい。

 

そう書いてあって酷く安心した。

自分が特別なんて孤独すぎる。

 

普通の人はイチローを褒め称える。

前人未踏の偉業を成し遂げた人物を人ではなく、人ではない英雄として祭り上げる。

誰も英雄の苦悩と重責を考えない。

自分と違う宇宙人のことを考えたりしない。

 

「音を聞けば、その音に何が込められているか分かる」

自分がかつて、他人に話したことを他人事のように思い出す自分がいる。

「文字を見れば、その文字に込められた思いが分かる」

そんなこともいった自分がいる。

 

そんな能力欲していない。

そんなのは中学生の妄想だ。

そう思いたい自分がいるのに。

 

あらゆる物事が自分の描いた思想の反映であるなら。

そう願い続けた自分の思いが、今の現実であるなら。

今の現実は夢であり、空想の世界だ。

 

夢の世界で孤独を感じているのならば。

きっと自分は孤独であることを選んだのだろう。

 

「人は独りでは生きられないからね」

夢の人物の言葉を何度も思い浮かべながら。

 

僕は孤独の中にいる。